原点とはじまった理由

日本のオーガニックの歴史

高度経済成長期に「農薬・化学肥料・薬剤」を大量に使用した近代化農業が推進され、その弊害が起こり始めた頃から、日本のオーガニック(有機)の歴史は始まるようです。
今の日本ではオーガニック食品やオーガニックコスメなど、オーガニックへのニーズはどんどん増え続けていて、通販やインターネットでも気軽にオーガニック商品を購入することができるようになるなど、オーガニックビジネスが活発な動きをみせています。

1940年代:農薬や化学肥料を用いた近代農業が始まる。
1961年:農業基本法が制定され、「機械化、化学化、大規模化」の近代農業を推進されるようになる。
1964年:1962年にアメリカの生物学者レイチェル・カーソンが書いた「沈黙の春」(日本語に訳された際の題名は、『生と死の妙薬』というタイトル だった)が日本語に翻訳され出版される。農薬や殺虫剤等の化学物質が大量に使用されると、自然の生態系、生物、人間はどうなるのかを問いかけ、警告をもた らした。
1960~1970年代:公害病といわれた水俣病、イタイイタイ病、大気汚染による呼吸器系疾患など、深刻な健康被害が次々と起こってくる。
1971年:日本有機農業研究会が設立。生産者と消費者が提携して、日本の有機農業を確立し、社会的に広げる取り組みが始まる。
1974年~:有吉佐和子氏の「複合汚染」の新聞連載がスタート。有機農業が広く知られるようになる。環境への取り組みや、オーガニック(有機)農産物へのニーズが高まり、有機農業が広がった。
この時代は、安心な食を直接売買する「産直」や、生産者と消費者が提携して「生産者と消費者の合意により、計画的に生産する」「生産者と消費者が農産物を自主配送する」などの関係を築く有機農業の取り組みが行われた。
1980年代~:有機農産物や自然食品の宅配サービスが始まる。また、百貨店、スーパーなどでも扱いが始まる。
1990年代~:都会の富裕層にも有機食品のおいしさや安全性が受け入れられ、大手量販店でも有機農産物の販売コーナーを設けるようになる。バブル崩壊後は、外食産業も有機農産物を取り入れるようになり、市場でのオーガニック食品の浸透が加速した。
1992年:「有機農産物等に関わる青果物等特別表示ガイドライン」を公表、翌年施行。
2001年:国際基準に合ったオーガニック基準を持つ必要性から、JAS法の一部が改正。有機JAS認定制度が実施される。第三者によって有機の生産過程の検査認定が行われるようになる。

海外のオーガニックの歴史

日本だけでなく、世界各地でオーガニック(有機)農業は取り組まれてきました。
そこにはやはり、日本と同じように、大量生産・大量消費の行き過ぎた市場経済への反省と、自然や環境を大切にし、人の命を大切にしようという考え方の広がりがあります。

日本の有機農業は、地域の生産者と消費者が「提携」して、時には農作業を手伝ったり、生産者と消費者が農産物を自主配送したりするなど、お互いの信頼関係を築きながら有機農業を行う取り組みが始まりました。このような取り組みは、欧米にも広がっています。
アメリカでは「CSA(地域がささえる農業)」、フランスでは「AMAP(家族農業を守る会)」といった団体が、生産者と消費者の相互扶助システムをつくり、オーガニック農業を広げる努力をしています。

(参考本:「リアル・オーガニック・ライフ」須永晃子著)